人気ブログランキング | 話題のタグを見る

今週の症例は70代の女性。来院4日前から咳嗽がでて、1日前から倦怠感が強くなり、家族が来院当日起きてこない本人のところに行くと意識レベルが低下していたため救急搬送された、という患者です。

項部硬直も明らかで、髄膜炎を疑い髄液を採取したところ、有核細胞9000 /μL over (うち多核球90%)、糖3mg/dLと明らかに細菌性髄膜炎が示唆されます。塗抹上は白血球は至る所で認められるものの、菌自体はグラム染色上はっきりしません。ABPC+CTRX+VCM+dexamethasoneで治療を速やかに開始。Film arrayRを実施したところ、Haemophilus influenzaeが陽性となり、翌日髄液の培養、血液培養からも同菌が陽性となったという報告を受けました。

 莢膜を有するものと有さないものがある小型なGNRによる侵襲性感染症  Haemophilus influenzae_d0402367_09211755.jpg

極めて小型なグラム陰性球桿菌が認められる

その後はCTRX 2g q12h単剤での治療を継続して行きました。意識レベルは速やかに改善したものの、頭痛や項部硬直はゆっくりと改善していったという経過です。なお、MRI画像上は左の乳突峰巣炎が指摘されました。

培地上の特徴としては、Haemo(=血液)philus(=好き)という通り、血液成分であるX因子(hemin)およびV因子(NADおよびNADP)が両方発育に必要です1。そのため、通常の血液寒天培地では生えてこず、これらを共に含むチョコレート寒天培地で生えてくるという特徴があります。

 莢膜を有するものと有さないものがある小型なGNRによる侵襲性感染症  Haemophilus influenzae_d0402367_09211800.jpg

NADを極めて多く出すことができる黄色ブドウ球菌と一緒に培養された場合には、そのコロニーの周辺にのみコロニーが形成される“衛生現象”が認められるのもそのせいです。

 莢膜を有するものと有さないものがある小型なGNRによる侵襲性感染症  Haemophilus influenzae_d0402367_13220619.jpg

Film arrayRは、起因菌の同定の迅速性と感度に関して髄膜炎診療のパラダイムシフトを起こした検査の一つです。髄膜炎のように明らかなemergency diseaseで少ない検体量で1時間程度で遺伝子検査が実施できることは重要です2。ただ、14種類の原因微生物に対してのものであり、これ以外にも髄膜炎を起こす原因微生物は複数あり、患者背景に応じてPCRや培養検査を同時に実施することも重要かと思います。

 莢膜を有するものと有さないものがある小型なGNRによる侵襲性感染症  Haemophilus influenzae_d0402367_09211890.jpg

H. influenzaeは莢膜多糖類の種類によってa-f6種類と、莢膜を有さないnontypable (unencapsulated)に型別されます3。その中でtype B, いわゆるHibが最も病原性が高く、長きに亘って小児の致死的髄膜炎の原因菌でした。米国では1985年に最初に導入され、1987年に改良されたものが広く使用されるようになりました4

これによって小児におけるHibの侵襲性感染症は嘘のように減りました5

 莢膜を有するものと有さないものがある小型なGNRによる侵襲性感染症  Haemophilus influenzae_d0402367_09211834.jpg

Ref. 5

このようなdataがあるにも関わらず、日本でHibワクチンが導入されたのが2007年です。その後2013年に定期接種対象となったことでやっと激減しました6

 莢膜を有するものと有さないものがある小型なGNRによる侵襲性感染症  Haemophilus influenzae_d0402367_09211817.jpg

Ref .6

ワクチンの導入によって次に問題となっているのが、ワクチンでカバーできないtypeによる侵襲性感染です。だからワクチンは悪い、という人がいますが、絶対的にワクチンは良かったというのが疫学的な回答となります。というのも、短期間で全ての菌による小児細菌性髄膜炎の頻度が67%も年間で減少するに至ったという実績がすぐに現れたからです7

 莢膜を有するものと有さないものがある小型なGNRによる侵襲性感染症  Haemophilus influenzae_d0402367_09211857.jpg

Ref. 8

それで、やはり今問題になっているのはワクチンを打っていないヒト、およびワクチンで予防できないtypeの侵襲性感染です。世界的にも、国内でも同様の傾向があり、その中心はnon-typableのものとなっています9,10

これは成人での侵襲性感染でも同様ですし、実際侵襲性感染の中心はほとんど高齢者というのが疫学的な結果となっています。

 莢膜を有するものと有さないものがある小型なGNRによる侵襲性感染症  Haemophilus influenzae_d0402367_09212389.jpg

Ref. 8

 莢膜を有するものと有さないものがある小型なGNRによる侵襲性感染症  Haemophilus influenzae_d0402367_09212305.jpg

ref. 9

今回の症例でもSRLに検査を依頼したところ、non-typable Haemophilus influenzae (NTHi)という結果でした。

薬剤耐性に関してですが、化学療法学会雑誌の生方先生の総論でも11Mandell12でも、米国では認められない日本でのみ急速に増加してきた耐性インフルエンザ、という表現が使われています。この中心はPBP3をコードしているfts1遺伝子のmutationであり13beta-lactamase negative, ampicillin resistance=BLNARです。このmutationに関してはSSN配列周囲およびKTG配列近位がhot spotとなって、一箇所よりも2箇所, 3箇所と変異が入ることでMICはより上がることが示されています11。一方でTEM-1, ROB-1と呼ばれるbeta lactamse由来のbeta lactamase positive ampicillin resistance=BLPARはメキシコや米国ではmajorな耐性機序となっています14

BLNAS: β-lactamase negative, ampicillin susceptible

BLNAR: β-lactamase negative, ampicillin resistance

BLPAR: β-lactamase positive, ampicillin resistance

BLPACR: β-lactamase positive, ampicillin/clavulanic acid resistance

BLNASはβ-lactamaseも有さず、ABPCにも感性という非常に素直なH. influenzaeになります。



BLNARはβ-lactamaseは有さないものの、PBPの変異が認めれるためにABPCに耐性化したものを示します。H. influenzaeには1A, 1B, 2, 3A, 3B, 4, 5, 6という8種類のPBPが認められておりますが、PBP3およびPBP4がペニシリン感受性に影響することがわかっております。PBP3codeする遺伝子はfts1と呼ばれるもので、これの変異によってPBP3ampicillinの結合能が低下してABPC耐性になる、というのがこのタイプです。このため、いくらβ-lactamase阻害薬を追加したところで、感受性は回復しません。そして現在本邦でのABPC耐性のH. influenzaeの中心はこのタイプであることが示されています(世界的にも日本だけという記載が目立つ)

 莢膜を有するものと有さないものがある小型なGNRによる侵襲性感染症  Haemophilus influenzae_d0402367_09212450.jpg

BLPARPBPの変異ではなく、獲得型のペニシリナーゼである、TEM-1ROB-1を獲得した結果、ampicillinに耐性化したものです。これであれば、β-lactamase阻害薬を併用することで感受性が回復することがわかるかと思います。

 莢膜を有するものと有さないものがある小型なGNRによる侵襲性感染症  Haemophilus influenzae_d0402367_09212447.jpg

BLPACRPBPの変異および獲得型のペニシリナーゼも持っている株になり、最も耐性傾向が強いことがわかると思いますが、それでも3世代のセファロスポリンには感性が維持されていることがほとんどです。ただ、この割合が増えてきており、耐性傾向がより強くなってきているというのは言えるかと思います。

 莢膜を有するものと有さないものがある小型なGNRによる侵襲性感染症  Haemophilus influenzae_d0402367_09212477.jpg

最後に、実はentryのはっきりしないHaemophilus influenzaeの菌血症がもう一例ありました。尿からは大腸菌のみが分離。胆石はあります。

H. influenzaeは胆道系感染の原因になるのか?気道感染症なんで、ならんでしょうよ、と思ったら、論文的にはrareながらある、と記載されている論文がありました15UpToDateには胆道系感染の記載はありませんでしたが、Mandellにはかろうじてp. 2746:Bacteremia and invasive infectionsに記載がありました。いつもの亀田のmicrobiology roundに、Haemophilus influenzaeが胆道系感染を起こすのか?という記載もありましたが、その回答はwebでは記載されていません16。ただ、2021年の疫学的な論文ではHaemophilus influenzaeによる侵襲性感染の内9.3%、実に髄膜炎と同じ割合であると示した論文もありました17

 莢膜を有するものと有さないものがある小型なGNRによる侵襲性感染症  Haemophilus influenzae_d0402367_09212479.jpg

Ref.17

この数字がどこまで国内の疫学的なところに外挿できるかは置いといて、果たして胆道に到着するのに胃酸環境にどうやって打ち勝っているのだろうか?という疑問が持ち上がります。そうしたら、ureaseを出して過酷なpH環境に耐える、というものも発見してしまいました18Pyloriが胃の中で定着できる理由がこのureaseです。これはもう認めるしかないなぁ(莢膜を形成し、biofilmで強固に定着し、さらにurease産生というcombinationはかなり注意が必要な印象を受けます)。

また、ref 17にもあるように、entryがはっきりしないprimary bacteremiaは過去もかなりの症例の報告があるのも特徴かと思います。

あと、どうしても記載したかったのが、clinicalには上気道定着菌であり、小児における頬部の蜂窩織炎の原因菌となることはtipsかと思います12

血液や髄液、その他無菌検体から本菌が検出された場合には7日以内に届出が必要ですので、お忘れなく。これは、検査室から主治医に返してあげると良いかと思います。


1: 標準微生物学第13版 p.175 医学書院

2: 臨床と微生物 2022;49:569-575

3: UpToDate; Epidemiology, clinical manifestations, diagnosis, and treatment of Haemophilus influenzae

4: JAMA. 1993;269(2):221-6 PMID: 8417239 IF: 63.1 Q1

5: MMWR. Recomm Rep. 2014;63:1

6: Neuroinfection. 2022;27(1):28-33

7: J Infect Chemother. 2014;20(8):477-83. PMID: 24855913 IF: 1.9 Q3

8: 小児・成人の侵襲性インフルエンザ菌感染症の疫学情報 https://ipd-information.com/influenza/

9: J Infect. 2021;82(5): 145-150. PMID: 33774020 IF: 14.3 Q1

10: 侵襲性インフルエンザ菌感染症検査マニュアル 国立感染症研究所

 https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/Invasive_Haemophilus_influenzae_disease20211228.pdf

11: 日本化学療法学雑誌. 2006;54(2):69-94

12: Priniciples and Practice of Infectious Diseases 9th edition Elsevier.

13: Antimicrob Agents Chemother. 2001;45(6):1693-9

14: Clin Microbiol Rev 2007;20(2):368-89. PMID: 17428889 IF: 19.0 Q1

15: J Med Microbiol. 2011;60(Pt 9): 1383-1386. PMID: 21527546 IF: 2.4 Q3

16: 亀田総合病院 microbiology round 2023/8/6

https://www.kameda.com/pr/infectious_disease/post_302.html

17: Microb Genom. 2021;7(12):000723. PMID:34898424 IF: 4.0 Q1

18: BMC Microbiol. 2011;Aug 16:11:183. PMID: 21843372 IF: 4.0 Q2


# by sakai-infection | 2024-12-04 09:24 | Comments(0)



症例は50代男性です。前日まではなんの症状もありませんでしたが、来院当日の朝から咳嗽と悪寒戦慄が突然認められ、その夜に救急受診されました。特に胸痛などは認めておりません。画像上右大葉性肺炎がしっかりとあり、入院の上、CTRXが開始されました。入院後すぐに酸素化の悪化を急速に認め、ショックバイタルとなりICU管理となりました。カテコラミンサポートが開始され、人工呼吸器管理を実施しました。

下に示すのが左が入院時、そして右が挿管管理時の喀痰(CTRX投与後4時間)となります。なお、尿中肺炎球菌抗原は陰性でした。

菌の背景は黄色ブドウ球菌だけではないその2 Streptococcus pneumoniaeとmucoidに関して MEPMが推奨されない理由を含め_d0402367_13283381.jpg

ピンクの膜に覆われるGPC. 4時間後の喀痰では全く認められない。RBCが壊れた顆粒が背景に認められる

菌の背景は黄色ブドウ球菌だけではないその2 Streptococcus pneumoniaeとmucoidに関して MEPMが推奨されない理由を含め_d0402367_13283326.jpg

Mucoid patternで、中心陥凹は伴わない粘稠性の高いコロニー。オプトヒンで阻止円が形成される

ちなみに、非mucoid型肺炎球菌は、自己融解という特徴を持ち、グラム陽性に染まっていたものが、時間経過とともにグラム陰性となっていきます。コロニー形成の上でもα溶血し、この自己融解の特徴から中央部が陥没する二重リング上集落が形成されるのも重要な点です。

菌の背景は黄色ブドウ球菌だけではないその2 Streptococcus pneumoniaeとmucoidに関して MEPMが推奨されない理由を含め_d0402367_13283328.jpg

今回はmucoid型の肺炎球菌に関してです。mucoidに関しては前回のKlebsiella pneumoniaeに関して説明しました。GPCの場合に背景にピンク色のものが認められる場合、clusterであればそれはfibrin形成を行う黄色ブドウ球菌であり、chainであればこのmucoid typeの肺炎球菌を考えます。

大葉性肺炎を見た時には、ひとまず肺炎球菌・Klebsiella pneumoniae・レジオネラを鑑別にあげることが重要です1。その際のグラム染色は非常に有用です。肺炎球菌性肺炎の場合には、心筋梗塞を含む胸部不快感を呈する疾患に類似する胸痛を伴うこともしばしばです。そのため、診断学の最高峰ローレンス=ティアニーによる、“悪寒戦慄を伴った酷い胸痛?明日、血液培養は肺炎球菌陽性を示す”、というクリニカルパール(格言)は極めて有名なところかと思います2

肺炎球菌とレジオネラを疑った場合、尿中抗原検査を実施されている施設が多いかと思います。しかしながら、これらはグラム染色やLAMP, film arrayなどがある上で検査の重要性はどうなのでしょうか?前医で抗菌薬が投与されているような状況では、肺炎球菌はすぐに検体から消えてしまうので、こういった場合には役に立つかと思います。ただ、重症肺炎・大葉性肺炎でもない場合に、一様に検査を実施することは診断のmisleadにつながる可能性があると個人的には考えています。またレジオネラ自体は、ポンティアック熱などの軽症例をどのように考えるか?という問題もあります。また、リスクがある患者(温泉や粉塵暴露)や疫学的調査という側面もあるため、慎重に実施を検討する必要があると思います。2017年の呼吸器学会の市中肺炎ガイドラインでは、市中肺炎の全例で尿中抗原検査を実施することを弱くではありますが推奨していました3

菌の背景は黄色ブドウ球菌だけではないその2 Streptococcus pneumoniaeとmucoidに関して MEPMが推奨されない理由を含め_d0402367_13283329.jpg

2024年の改訂版4では、このような記載ではなく、レジオネラ診断予測スコアを用いて、よりレジオネラらしい臨床像を呈する症例の見逃しを無くするように改善されています。ガイドラインなので、検査室が院内にないような施設や、グラム染色を見ても評価ができないような施設では、これらの検査は重要ですし、抗菌薬投与後でも陽性となるという点では運用は理解できます。ただ、全例で検査を実施する、というのは乱暴以外何者でもないように思いましたが、2024年のガイドラインで記載が見当たらなくなったのは良かったのではないでしょうか?なお、そこで記載されているレジオネラ診断予測スコアは以下のようなもののようです。

レジオネラ診断予測スコア (originalの論文はnon-productive cough・発熱・血小板数が入り, sex maleがない)5

(1)男性 

(2)咳嗽なし

(3)呼吸困難感あり

(4)CRP18mg/dL

(5)Na<134mmol/L

(6)LDH260U/L

これで3点以上であればレジオネラは他の感染症より優位に試験前確率が高いそうです6,7(レジオネラの場合の中央値は4)。日本でのstudyの著者はすべて同一であり、これを何も考えずに当てはめるのにはまだまだ抵抗が個人的にはあり、引き続きの調査は必要かと思いますが、どう考えてもレジオネラではないような症例でも陽性となり診療をmisleadするくらいなら、レジオネラの臨床像を捉えた上での推奨になったこと自体は重要であるような印象を受けます。

話を戻すと、肺炎球菌は莢膜を有するGPCの代表的な菌です。この莢膜多糖類を標的としているのが肺炎球菌ワクチンですが、実は莢膜を有さない肺炎球菌も存在し、これはnonencapsulated Streptococcus pneumoniae (NESp)と呼ばれるそうです8NESpは病原性が低いと考えられておりましたが、近年ではこの莢膜非産生株が有する病原因子であるPspK( Pneumococcal surface protein K)と呼ばれる表面タンパクを多量に出せる株の存在が明らかになりました8。この菌の存在によって莢膜型の肺炎球菌の肺の細胞への侵入が容易となり、鼻咽頭・肺・中耳への持続感染を増加させる結果となっているようです。つまり、莢膜がない部分を違う表面タンパクで病原性を補っているだけでなく、莢膜型の病原性をも増強させる可能性が示唆されています。

これだけではなく、さらに違う論文を読み進めていくと、肺炎球菌の場合、莢膜の存在がバイオフィルム形成を抑制するということが示されているものがありました9。その論文によると、biofilm形成中に莢膜合成に関与する遺伝子(cap3A/cps3A)mutationが生じて、非莢膜産生株が出現し、これらがbiofilm形成に大きく関与するというものでした。さらに、莢膜多糖類の産生量が少なければ少ないほどbiofilm形成能が高くなるということを報告しています。つまり、肺炎球菌にとって莢膜(mucoid rich)とバイオフィルム形成に関しては以下のような関係がある、と考えられます。

バイオフィルム形成で慢性感染となる際には莢膜発現が減少し、定着をより強固なものとする

莢膜の強発現:病原性は高まり、好中球による貪食からescapeする

というトレードオフの関係にあるということが示唆されています。

ここまで記載して、肺炎球菌の場合、莢膜・mucoidbiofilmの関係性は簡単な関連とはいかないように思いましたので、話をまたmucoid型肺炎球菌に戻します。一つ目はOgiharaらによる2015年の外来患者におけるムコイド型と非ムコイド型の肺炎球菌の後方視的比較検討のものです10。これは千葉の市中病院で分離された菌を対象としておりますが、ムコイド型はまず薬剤耐性に関して、βラクタムへのMICが低めであり、TCやマクロライド、ST合剤でも同様の結果を示したとされています。疫学的にもムコイド型は学生・高齢者で分離率が高いという傾向も認めております。臨床的には侵襲性を示すか否かに関しては差がなかったというのがこの報告の結果でした。もう一つの報告がUbukataらによる2021年のJICでの報告です11。ワクチンでカバーされているはずのserotype 3は分厚い莢膜を有しており12、成人の侵襲性肺炎球菌感染の16.5%と小児の中耳炎の14%弱を占めているという前提から始まり(これによってワクチンによるオプソニン化から身を守っている可能性をdiscussionで記載していました13)、ムコイド型の肺炎球菌225株を対象としての検討を行いました。ムコイドは結果としてその84%強をserotype 3がしめ、次にserotype 37と続きました。またそのうちserotype 3のほとんどがpbp2xに変異を有するgroup PISPに属するという結果であり、ST180という株でした。そうなると、mucoid型の肺炎球菌を見た場合、特に髄膜炎を呈しているような場合には、Ogiharaらの報告とは違い、ABPCよりもCTRXでの初期治療の方が安全かもしれません。ただ、今回の症例はPCGの感受性もしっかりと担保されている株でした。

感受性の話をしているので、最後に肺炎球菌髄膜炎の場合において、10年前のものになりますが、日本神経学会のガイドラインは早めに改訂が必要なため最後に記載します14。そこでは下のように記載されています。

菌の背景は黄色ブドウ球菌だけではないその2 Streptococcus pneumoniaeとmucoidに関して MEPMが推奨されない理由を含め_d0402367_13283380.jpg

これの何が問題か?が今日研修医を含めて最も理解して欲しいところです。

肺炎球菌のβラクタムへの耐性機序ですが、GPCである点を考慮するとその中心はPBPのアミノ酸変異です。PBP1a, 1b, 2a, 2b, 2x, 36種類が知られており、ペニシリンはその6つ全てに結合できるようです(それらの機能としては1a, 1bは細胞壁の伸長、2a, 2xは隔壁の合成、3は細胞壁の補強、そして2bは菌の解離を担い、ランセット型を維持させる働きがあるそうです)15。それらに順々に変異が加わること(2x+1a+2b)stepwise的にMICが上昇し16、ペニシリン非感性株が近年では認められるようになっています。なお、MEPMはこのうち1aの変異で感受性が大きく低下することが示されており、本邦でのMEPM低下している株はその1aの変異が認められるserotype 15A- ST63という株(pbp2bの変異もある)の広がりに影響されているようです17

(このserotype 15Aはどのワクチンでも(新規のPCV 15, PCV 20でも)カバーできていないserotypeです

から、今後の動向に注意が必要でしょう)。

菌の背景は黄色ブドウ球菌だけではないその2 Streptococcus pneumoniaeとmucoidに関して MEPMが推奨されない理由を含め_d0402367_13283374.jpg

変異が加わるごとにMICが少しずつ上昇

疫学的な差こそ地域であるかとは思いますが、実際に当院でのMEPMの感受性率は7割程度しかないので、CTRX(非髄膜炎100%, 髄膜炎92%)よりも安全性が担保できていないと言わざるを得ないかと思います。

PCG

CTM

CTRX

CFPM

MEPM

LVFX

MINO

AZM

CLDM

VCM

非髄膜炎

100%

61%

100%

99%

71%

98%

28%

14%

50%

100%

髄膜炎基準

57%

61%

92%

69%

71%

98%

28%

14%

50%

100%

20231-12月の肺炎球菌の当院の感受性結果 (CLSI M100 S32基準 108検体)

H. influenzaeCTRXの感受性も100%であることを鑑みると、MEPMよりも明らかにCTRXの方が初期治療として優れていることがわかるかと思います。

ということで今回は改訂で改善した?と考えられる呼吸器学会の肺炎ガイドラインと、改訂が必須な?日本神経学会の細菌性髄膜炎のガイドラインに関しても言及してみました。


1.感染症クリスタルエビデンス 診断編 Kinpodo

2.ティアニー先生のベストパール 医学書院

3. 成人肺炎診療ガイドライン2017 日本呼吸器学会

4. 成人肺炎診療ガイドライン2024 日本呼吸器学会

5: Am J Med. 2014;127(10):e11-9 PMID: 24813862

6: J Infect Chemother. 2-18;24(3):159-163. PMID: 29398478

7: J Infect Chemother. 2019:25(6):407-412. PMID: 30945766

8: J Infect Dis. 2018;217(10):1637-1644. PMID: 29394357

9: Microb Biotechnol. 2012;5(4):455-465. PMID: 21906265

10. Ann Lab Med. 2015;35(4):410-415 PMID: 26131412

11. J Infect Chemother 2021;27(2):211-217. PMID; 33004265

12.厚生労働省科学研究費補助金分担研究報告書 成人侵襲性肺炎球菌感染症由来株の細菌学的解析に関する研究

https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202019015A-buntan3.pdf

13. Vaccine 2013;31(35):3594-602. PMID: 23688525

14: 細菌性髄膜炎診療ガイドライン2014 日本神経学会

15.日本化学療法学会雑誌 2006;54(2):69-94

16.Antimicrob Agents Chemother 2002; 46(5):1273-1280. PMID: 119595556

17.Emerg Infect Dis 2018;24(2):275-283. PMID: 29350141


# by sakai-infection | 2024-11-27 13:31 | Comments(0)

1例目は70代女性です。発熱を主訴に救急外来受診されました。尿の混濁もあり、尿路感染?と考えられましたが、画像上胆管内に巨大結石があり、総胆管も拡張していました。CVA叩打痛もありますが、右上腹部圧痛があり、緊急のERCPが必要な症例という症例です。血液培養採取の上でPIPC/TAZが開始となり、すぐさま処置が必要ということで転院となりましたが、翌日血液培養より4/4ボトルで下のような菌が培養されました。

 菌の背景は黄色ブドウ球菌だけではない Klebsiella pneumoniaeとmucoidに関して_d0402367_12042461.jpg

染色性は良く一様であり、短めで、赤血球の周囲を取り囲むように認められ、Klebsiella?? と思ったのですが、

結果はEscherichia coliでした。尿もE. coli 3+であり、結果としてどちらがentryかははっきりとしませんでした。

2例目は70代男性。3日前より心窩部痛を自覚。2日前に近医総合病院受診されました。CT撮影したのちに帰宅となっておりますが、腹部全体の痛みが徐々に増悪していったということです。その後急に悪寒戦慄を自覚され、救急外来受診されました。画像上も検査所見上も明らかに胆道系の問題と考えられ、準緊急の手術・ドレナージを検討して入院させる段取りの途中にshock vitalとなり、カテコラミンサポートの上でICU入室となりました。MEPM開始し、同日日勤帯で急性胆嚢炎の診断の元、手術が実施されました。手術所見としても壊疽性胆嚢炎でしたが、翌日血液培養で3/4ボトル (1setは好気ボトルのみ)で以下のような菌が培養されました。

 菌の背景は黄色ブドウ球菌だけではない Klebsiella pneumoniaeとmucoidに関して_d0402367_12042404.jpg

染色性はよく、やや短めで、はっきりと莢膜らしいものが認められるものがありました。

結果はKlebsiella variicolaでした。

術後の経過は良好であり、感受性判明がABPC/SBTde-escalationされました。

3例目は80代女性です。食欲不振・倦怠感を主訴に近医総合病院を受診。その際に画像上腎膿瘍が疑われ、処置が必要ということで当院に転送されました。血液培養採取の上でPIPC/TAZが開始、翌日膿瘍穿刺ドレナージが実施されましたが、同日血液培養から以下のような菌が3/4 (1setは嫌気ボトルのみ)ボトルから培養されました。なお、穿刺液・尿からも同様の菌が検出されております。感受性が判明後、CTRXde-escalationを実施され、治療継続となっておりますが、全身状態は安定されております。

 菌の背景は黄色ブドウ球菌だけではない Klebsiella pneumoniaeとmucoidに関して_d0402367_12042413.jpg

菌の周りに薄いピンク色の膜のようなものが覆っており、mucoid様莢膜を有するKlebsiella pneumoniaeでした。colonyもかなり粘稠性が高いものであり、hypermucoviscous Klebsiella pneumoniaeとして、眼内炎などの精査も追加されました。

 菌の背景は黄色ブドウ球菌だけではない Klebsiella pneumoniaeとmucoidに関して_d0402367_12042471.jpg

上:DHL, 下:血液寒天培地 

 菌の背景は黄色ブドウ球菌だけではない Klebsiella pneumoniaeとmucoidに関して_d0402367_12042483.jpg

今回も腸内細菌を取り上げました。グラム染色はlikelyは分かりますが、断定はできないということが重要です。1例目はKlebsiellaを考えたのに、E. coliでしたし、莢膜は今回ははっきりしたのがありましたが、血液培養であればはっきり認められないことの方が圧倒的に多いです。

このように腸内細菌内での違いを考える時には、患者背景と、菌の背景にも注目したいと思います。患者背景はこれまでの菌の検出歴・focusがどこか?で疫学的な頻度が参考になります。また菌の背景は、つまり抜ける莢膜やmucoid様莢膜の存在です。以前ネチョネチョのコロニーを形成したGNRで莢膜とムコイドに関しての記載をしました。その際biofilm関連論文から、”We observed much larger capsules in the mucoid strains compared to the matt isolates“と記載されており、莢膜とmucoidは別のものを指します1。個人的には莢膜が多糖類から形成される細胞表面の物質であることに対して、ムコイドは粘性のある粘液物質を産生している状況を示しているのではないかと思っています。つまり莢膜=多糖類の膜表面の物質、ムコイド=ネチョネチョの状態を示しているのかと考えています。と記載しました。その後調べていくと1996年のcystic fibrosisと緑膿菌の総論で、mucoid phenotypeという表現が使用されていました2。ついでにその親玉のようなbiofilmに関してですが、これは総論的にも定義がまちまちであると記載されています3。ただ、微生物が生体膜や細胞膜、人工物の表面に付着し、細胞外物質を出し、それによってお互いに強固に結合したもの、というのが一定の市民権を得ているものと考えられます3。つまり、莢膜はbiofilm形成の一つの要素であるということが言えるかと思います4。実際に緑膿菌のbiofilm形成にはアルギン酸という多糖類であり、mucoid型の緑膿菌ではこのアルギン酸の産生が亢進していることも示されています2。ということで今回もperplexity AIに頼んで関係性に関しての表を作成してもらいました。

特徴

莢膜

ムコイド

バイオフィルム

定義

細菌細胞表面の多糖類層

粘液状の外観を持つ細菌コロニー

表面に付着した微生物の集合体

構成

主に多糖類

過剰産生された莢膜多糖

細菌、細胞外多糖類、タンパク質、DNA

機能

宿主免疫からの保護

乾燥や貧食からの保護

抗生物質耐性、宿主防御機構からの保護

関連性

ムコイド型の基礎

厚い莢膜の表現型

ムコイド型細菌が形成しやすい

Ref; 2,3,5,6

莢膜:細菌細胞を取り囲む多糖類によって形成される層で、宿主免疫からの保護や環境ストレスへの耐性に寄与する5

ムコイド:莢膜多糖を過剰産生する細菌の表現型で、粘液状の外観をもつコロニーを形成する2

バイオフィルム:表面に付着した微生物の集合体で、細胞外多糖類やタンパク質、DNAなどの細胞外まといリックスに埋め込まれている。抗菌薬体制や持続感染の原因となる3,6

話を戻すと、Klebsiella属は分厚い莢膜を有し、この莢膜により補体・免疫グロブリンから身を守り、オプソニン化も防ぎます。これらの莢膜を有する菌に関してはオプソニン化が重要であるため、それが生体内で起こりにくい脾臓がない患者では注意が必要です。そのため、肺炎球菌・Hib、髄膜炎菌などのワクチン接種が推奨されます。

その上で、最後の症例のcolonyは過粘稠性=string sign陽性という点です。String sign陽性=高粘稠性が注目される様になったのは、台湾から1980年代にKlebsiella pneumoniaeによる市中の肝膿瘍の報告に起因します。当時はほとんどが台湾・韓国からの報告であり、そこからアジア人を介して全世界に広まったとMandellには記載されております7。それらの症例のKlebsiellaを調べたところ他のKlebsiellaとは違い、培地上の非常に高い粘稠性を有していました。また、それらの症例では眼内炎や播種性髄膜炎の合併も多いことが報告されました8。この粘稠性は、菌の持つ莢膜抗原(K抗原, lipopolysaccharideO抗原もあります)の種類に多くは依存し、K1, K2のいずれかの多糖類莢膜型のものがその理由とされますが9magArmpAという遺伝子によるものも報告されております10。これらの過粘稠性の原因の特定には、残念ながら遺伝子診断が必要であり、当院では測定することができません。ただし過粘稠性のコロニーを形成する場合には、これらの因子をもっている可能性が高いと言えるかと思います。そしてこれらの因子が膿瘍形成や眼内炎の発生に寄与しているとされます。なお、Klebsiellaによる感染は、肺炎・胆道系感染・尿路感染・術後のCNS感染など、どこで何の感染症を起こしてもよいような菌ですが、最初に悪名高いものとなったのはアルコール多飲者によるFriedlander pneumoniaでしょう。実際にオランダから、ST23という強毒性株による肺炎の症例報告もなされています11。これは元々はアルコール多飲者で、上葉を中心とし、喀血を伴う干しブドウゼリー(currant jelly)様の痰が出て、膿瘍も形成する、致死率の高い肺炎が報告されたことに遡ります。現在はその典型的な像はあまりみられませんが、Klebsiellaはアルコール多飲者では特に注意が必要な肺炎の原因菌であることは間違いありません。他にも誤嚥の際の起因菌にもなります。肺炎球菌・KlebsiellaLegionellaは大葉性肺炎を見た時には外せないというこの一つです。

最近の話題としては、SNSで紹介された国立感染症からの報告で、K1-ST82という株の報告がされています12。これは、COVID-19罹患患者でVV-ECMOが導入された患者で分離された報告です。この株はK1, ST82であり、rmpA, iroCD, iucABCDという高病原性関連遺伝子を保有しているだけでなく、内因性のペニシリナーゼ産生遺伝子であるSHV遺伝子領域にIS1Fという挿入配列が組み込まれたことによってSHVの欠損が起こり、ABPCへの感受性がある株(MIC: 4 mg/L)となっていることも示されておりますKlebsiella pneumoniaeで同定された場合には、MICに関わらずABPC: Rで返すため、今後ABPCMICにも注目していきたいと思っています。

色々記載しましたが、症例3のように、string sign陽性であるKlebsiella pneumoniaeが血液培養より分離された場合には腹腔内の膿瘍の有無を検索すること(特に治療後にも発熱が遷延する場合などは必須)と可能な限り眼内炎のrule outは治療として手術処置が必要となりますので、実施した方が個人的には良いのではと思っています。

最後に、SHV欠損株の紹介をしましたが、一般的なKlebsiella4つの菌の特徴に関しての表を再掲しておきます。なお表中にあるK. variicolaでもblaLENの欠損株は認められているとのことでした13この様に、自然耐性となる部分のMICにも今後注意してみていくと、新しいものが見つかるかもしれません。なお、これらの詳細は過去の“赤血球周囲に集まる太い腸内細菌目細菌”をご覧ください。ただ、最近のものと違ってどの文章がどこからの引用かがないです。

K. pneumoniae

染色体性にpenicillinaseを有する(SHV)Plasmid獲得型ESBL/ampCに注意

K. variicola

染色体性にpenicillinaseを有する(LEN)。質量分析がないと菌名判別困難。

ただ今の所本邦ではESBL, ampC獲得頻度は高くないと考えられる

K. oxytoca

染色体性にK1 beta-lactamase(class A): blaOXYを有するが、発現量は株によって異なる。 3rdくらいで治療が良い。CMZの感受性は担保されている。PIPC/TAZに耐性株もある。Plasmid性のESBLを持っていなくても持っているような感受性になることもある (class Aなので単独でESBLスクリーニングで陽性となる場合も)

K. aerogenes

染色体性にAmpC beta-lactamaseを産生する遺伝子(blaACT)を有する。多くの株がampC hyperproducerであり、〜3rdCMZに耐性と考えて治療する (4th 以上が妥当だが、本邦ではまだ非βラクタム系抗菌薬の感受性は比較的保たれている)

1: Infect Drug Resist. 2020;13:99-109. PMID: 32021324 IF: 2.9 Q2

2: Microbiol Rev. 1996;60(3):539-74. PMID: 8840786

3: Membrane 2017;42(2):40-45 from J-Stage in Japanese

4 :Infection and Immunity 2005; 4626-4633. PMID:16040975 IF: 2.9 Q2

5: Infect Immun. 1994;62(10):4495-9. PMID: 7927714 IF: 2.9 Q2

6: Science. 1999;284(5418):1318-22. PMID: 10334980 IF: 44.7 Q1

7: Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases 9th edition

8: Clin Infect Dis 2007. 45(3);284-93. PMID:17599305 IF: 8.2 Q1

9: J Clin Microbiol. 2007;45(2):466-71. PMID:17151209 IF: 6.1 Q1

10: Clin Infect Dis. 2006;42(10):1351-8. PMID:16619144 IF: 8.2 Q1

11: Eur J Clin Microbiol Infect Dis 2022;41(8):1133-1138. PMID: 35790590 IF: 3.7 Q2

12: BMC Infect Dis. 2024; 24(1):1215. PMID: 39468457 IF: 3.4 Q2

13: Sci Rep. 2019;9(1):10610. PMID: 31337792 IF: 3.8 Q1


# by sakai-infection | 2024-11-13 12:07 | Comments(0)

その大腸菌がESBLを保有しているのか、否かを考える(ただ、患者の状態が最も重要と思う)

今日は尿路感染症の2症例を比較しようと思います。その前に、perplexity AIでもChatGPTでもPDF filejpegなどを入れるとそれを参考に色々変換などもしてくれます。本文中にも登場しますが、使わない手はないです。

1例目は80代女性です。認知症があり、施設に1年ほど前に入所されました。来院前日嘔吐・発熱を認め近医受診されましたが、ショックバイタルのため当院に転送となりました。尿路結石もあり、urosepsisが疑われました。double J catheterを手術室で挿入しつつ、カテコラミンサポートの上でカルバペネムが開始され、ICU入室となりました。その際の腎盂尿と翌日陽性となった血液培養が以下の通りです。

その大腸菌がESBLを保有しているのか、否かを考える(ただ、患者の状態が最も重要と思う)_d0402367_13045472.jpg

左:腎盂尿

右:血液培養

血液培養より検出されたEscherichia coliの感受性は良好であり、かつ腎盂尿からはそのほか感受性良好なProteus mirabilisが発育しました。その後カテコラミンが切れるまでに数日を要しましたが、明らかにtaperingもできており、改善傾向にあることが確認できたタイミングでCEZde-escalationされました。

2例目は70代男性です。脳梗塞の既往はありますが、ADLは自立しており、仕事もされています。来院前日夜間に寒気がし、翌日起床後に下肢の脱力と寒気を再度自覚され救急要請されました。来院時明らかなfocal signはないものの、尿の汚染が強く、UTIの疑いで尿培養・血液培養が採取された上でCTRXが開始され入院となりました。経過は良好だったものの、血液培養・尿培養の結果ESBL産生性のEscherichia coliであることが判明したため、CMZへ変更となりました。

その大腸菌がESBLを保有しているのか、否かを考える(ただ、患者の状態が最も重要と思う)_d0402367_13045055.jpg

左:尿

右:血液培養

ESBLextended spectrum beta-lactamaseの略であり、classAに属する抗菌薬を加水分解する酵素です。この酵素は世界的にも大腸菌で広く認められるようになっており、現在も拡大傾向にあります。多くのセファロスポリンを加水分解する能力がありますが(4thまで分解可能)、セファマイシンの分解能が比較的低く、CVAで阻害される(TAZによっても阻害されます)という特徴を持っているものの総称です。ESBLを産生する遺伝子は国内ではほとんどCTX-M型と呼ばれるものですが、世界的にはSHV型、TEM型などの遺伝子によって違いがあります。現在臨床的に問題になっているβ-lactamaseによるβ-lactam系抗菌薬の感受性はおおよそ次の表のようになります。

その大腸菌がESBLを保有しているのか、否かを考える(ただ、患者の状態が最も重要と思う)_d0402367_13045091.jpg

このESBL産生遺伝子はplasmidと言う、染色体とは別の遺伝子上に存在し、菌から菌へと移動していくところも重要なpointとなります(ESBLなどの耐性遺伝子に関しての基礎的な解釈に関しては拙著ケースで学ぶ抗菌薬選択の考え方を参考にしてもらえると幸いです)。

Total number

CTX-M-1

CTX-M-2

CTX-M-9

TEM

SHV

AmpC

Unknown AmpC

E. coli

29

4

23

1

1

Citrobacter spp.

5

4

1

Enterobacter spp.

3

3

K. pneumoniae

2

1

1

P. mirabilis

1

1

Ref 2.より改編

ではESBLと言う耐性遺伝子を持った腸内細菌が分離される患者群はどのような特徴があるでしょうか?

対象集団

検体

年齢

性別

抗菌薬使用歴

医療関連因子

検査値

論文

ref

K. pneumoniae

またはE. coliが分離された入院患者

呼吸器

検体

リスク因子ではない

リスク因子ではない

セフェム系、マクロライド系抗菌薬使用歴がリスク因子

ND

CRP高値

Matsumoto et al. 2023

1

高齢者(在宅・施設)

糞便

87歳以上がリスク因子

女性がリスク因子

リスク因子

長期療養施設居住
がリスク因子

ND

Nakai et al. 2022

2

救急外来患者

尿

リスク因子として検討されていない

リスク因子ではない

最近の抗菌薬使用がリスク因子

介護施設居住がリスク因子

CRP高値

Kanda et al. 2020

3

尿培養検査を受けた患者

尿

リスク因子ではない

女性がリスク因子

リスク因子

ND

CRP高値

Higuchi et al. 2018

4

介護施設入居者

ND

ND

ND

過去2年以内の侵襲的処置がリスク因子

ベッド上での寝返り不可・糖尿病がリスク因子

ND

Luvsansharav et al. 2011

5

大学病院の入院患者

血液

リスク因子ではない

リスク因子ではない

過去3ヶ月以内の抗菌薬使用がリスク因子

長期療養施設入所歴がリスク因子

ND

Namikawa et al. 2017

6

特別養護老人ホーム入居者

糞便

リスク因子ではない

リスク因子ではない

ND

従来型施設居住がリスク因子

ND

Yokoyama et al. 2018

7

Table 1. Perplexity proに頼んで作成してもらった表

今回はpubmedで、ESBL産生菌保有に関しての論文を複数用いてそれぞれの特徴をperplexity protable 1にしてもらいました。腸内細菌のESBL産生遺伝子の保有に関しては、高齢者・要介護の状況・抗菌薬使用歴・入院歴・尿道カテーテルの留置・糖尿病・長期療養施設に入所している、などの共通点が認められることが多いですが、研究によって差がある上、地域差もあると考えられます。また、接触感染による伝播が重要であることは間違いなく、例えばおむつ交換カート使用の従来型施設であること、ユニット型の施設で手袋着用をしていない施設でESBL産生菌の保有率が高い傾向にあるということを示した論文があります7。つまり、地域での広がり以外にも、施設ごとでの感染対策の実施状況に強く影響を受けるということも重要な点かと思われます。

なお、2023年のNamikawaらによって報告されたESBL産生大腸菌の保有予測因子に関してのsytematic reviewmeta-analysisでは8過去の抗菌薬使用と尿道留置カテーテルが独立した因子であることが示されていますが、highlightであるtable IIChatGPT(非課金)で改編して日本語にし、excel用に編集してもらったのがtable 2になります。これはtableを抽出してドラッグ&ドロップしたのち、“日本語に翻訳して、excelに貼り付けられるようにして!”と頼んだだけです。これでtableの改編が作れるという、本当に便利な世の中であり、これを使わない手はないかと思います。

その大腸菌がESBLを保有しているのか、否かを考える(ただ、患者の状態が最も重要と思う)_d0402367_13045403.jpg

Table 2. ref 8 table II改編 by ChatGPT(非課金)

ここまでで、さまざまな疫学研究がなされているのがわかるかと思います。ただ、すでに市中で広く分布してしまっている地域も多く、結局傾向にとどまる、と言うのが重要です。そのため、ESBLのカバーをするかどうか?はそのrisk factorはひとまず考慮するものの、患者の状態に応じて抗菌薬を選択する必要があるかと思います。個人的には、患者の状況が悪い=カテコラミンを必要とするような症例では、たとえ腸内細菌によるUTIと考えられるような場合でもESBLだけではなく、ampCの染色体性の産生菌も外せない抗菌薬:つまりPIPC/TAZやカルバペネムといった超広域での治療開始を推奨することになります(国や地域によってはcefiderocolempiricalに使用せざるを得ないのようなところもあるかもしれません)。そうでない軽症症例であれば、risk因子と疫学的な考え方で若年の市中感染のUTIであればCEZCTRX, 高齢者で施設からの入院や入院歴がある場合には、過去の検出菌の分離状況があればそちらを参考に(ex: ESBL産生菌の検出歴がある、や前回入院の場合はEnterobacterによるUTIだった) CMZ(for coverage of ESBL)CFPM(for coverage of Enterobacter)での治療などで開始するのが良いのではないでしょうか。

ちなみに当院での分離状況は血液培養から分離される大腸菌の4株に1株がESBL産生菌と言う結果です。ESBL産生菌はβlactamを分解する働きがありますが、その大腸菌は他のclassの抗菌薬への耐性も同時に獲得していることが多く、キノロンは20%以下の感受性であり、近年ではST合剤の感受性も低下傾向です(ただESBL産生株でもy60%ST合剤に感性)。

いずれにせよグラム染色では腸内細菌っぽいとか、患者の背景からは耐性菌ではない可能性が高い、という不確定なことしか言えないので、患者の状況に応じて抗菌薬を使い分け、培養結果や状況を確認していきながら、de-escalationに勤める、と言うのが重要だと思います。

References

1: Intern Med. 2023;62(14):2043-2050. PMID: 36476547

2: J Infect Chemother. 2022;28(4):569-575. PMID: 35039227

3: Antibiotics(Basel). 2020;9(8):438. PMID: 32717914

4: Higuchi. 2023;90(1):151-156. PMID: 35696830

5: Infect Drug Resist. 2013;6:67-70. PMID: 23900409

6: Intern Med. 2017;56(14):1807-1815. PMID: 28717075

7: J Gen Fam Med. 2018;19(3):90-96. PMID: 29744262

8: J Hosp Infect. 2023;142:88-95. PMID: 37802238


# by sakai-infection | 2024-11-06 13:06 | Comments(0)

本日の症例は施設入所中の超高齢女性に生じたUTIです。既往としては20年前にペースメイカーが植え込まれ、8年前より腸穿孔でストマ管理されております。最近ではCKDと慢性心不全が目下の問題となっていました。来院の2日前から39℃の発熱を認め、アセトアミノフェン内服で一旦解熱。翌日往診医によってインフルエンザ・コロナの迅速検査実施されましたが、陰性です。その際に尿の混濁を認めたとのことでニューキノロンが処方されました。しかしながら改善なく、低酸素および不穏も強くなり翌日救急要請されました。

画像上肺炎は明らかではありませんが、両側胸水が認められ、NT-proBNP5桁と上昇しておりました。他に、右尿管結石および水腎症もあり、かつ両側のCVA叩打痛が認められました。その際の尿の塗抹が以下のものになります。UTIによって心不全が悪化した可能性を念頭に、尿培養・血液培養が採取された上で、CTRXが開始されました。

尿路感染症で、腸球菌以外のGPCが血液培養で生えた場合 Aerococcus urinae_d0402367_13203207.jpg

腸球菌とは違う、小型のGPCCNSと同様にclusterを形成して見えます。GPCは大小不同が目立つものもあり、小型のGNRも少数ですが認められます。

翌日血液培養4/4本でグラム染色上以下の菌が陽性となり、そのままCTRXが継続されております。

尿路感染症で、腸球菌以外のGPCが血液培養で生えた場合 Aerococcus urinae_d0402367_13203385.jpg

小型のGPC. Clusterよりだが、chainにも一部見える。形態的にはCNSに類似

尿路感染症で、腸球菌以外のGPCが血液培養で生えた場合 Aerococcus urinae_d0402367_13203342.jpg

血液寒天培地では微小のコロニー。一部α溶血している

今回の症例は、前回のBacteroides菌血症の症例でも尿から分離されたAerococcus urinaeについてです。

永田先生のアトラスでは1、ブドウ球菌に類似するカタラーゼ陰性のグラム陽性球菌でviridans様のα溶血集落を形成する菌として紹介されています。コロニーからのdirect smearを以下に示します。

尿路感染症で、腸球菌以外のGPCが血液培養で生えた場合 Aerococcus urinae_d0402367_13203314.jpg

尿路感染症でGPCといえば、腸球菌が最も頻度が高く、次に若い女性の尿路感染症としてCNSの一つであるStaphylococcus saprophyticusがあります。今回は形態的にはCNSに類似するものの、α溶血性の集落を形成し、最終的な同定としては、Aerococcus urinaeでした。Streptococcusmisidentifyされる菌という枕詞で始まる菌になりますが、この菌で検索するとIEなどの血管内感染の症例報告が目立ちます22019年の連鎖球菌様の菌による心内膜炎のコホートstudyでもGranulicatellaGemellaよりも頻度が高いことが記載されています3。実際にCase reportの結語に”Infective endocarditis should be considered in all cases of Aerococcus bacteremia and appropriate diagnostic evaluations pursued.”という強い表現が記載されているものも認められております4

尿路感染症で、腸球菌以外のGPCが血液培養で生えた場合 Aerococcus urinae_d0402367_13203726.jpg

Ref. 3

実臨床では高齢男性(性差あり)の尿路感染症で、ほぼ全例で基礎疾患があるとされています5。最近の質量分析では正確な同定が可能になってきていますが、生化学的性状での同定方法であるAPI-20 Strep(ver.6.9)では、この菌は含まれておらず、Streptococcus acidominusと同定される可能性が示唆されています2。青木先生の感染症診療マニュアルにもMandellにもこの菌の記載がありませんが、シュロスバーグでは種々のグラム陽性菌(chapter 161)に記載があります6。そこでは7種類のAerococcus属に属する菌があり、A. urinaeA. viridansの違いとして、生化学的な違い(A. urinaePYR:ピロリドニルアリルアミダーゼ neg, LAP:ロイシンアミノペプチダーゼ pos, A. viridansはその逆)が記載されております。Ref extra

治療に関してですが、IEによる致死率の高さの報告が過去多くなされており、報告の多くはbeta-lactamに加えてアミノ配糖体が多く使用されておりますが、literature reviewの記載ではbeta-lactams with or without synergistic aminoglycoside usageとあります7。この論文では43 casesliterature reviewが実施されておりますが、9割が併用regimenであったことが記載されております。実際にtime-kill studyでは血管内感染において、bactecidalな治療効果を得るためにはアミノ配糖体を含めた併用療法の必要性が示唆される、と記載されています3。古い論文ではあるものの、ペニシリンとアミノ配糖体のシナジーが報告されたことに由来しますが8、近年行われた菌株の多い検討ではシナジーは分離株のうち少数でしか確認できなかったとされています9。そのため、より近年の報告では5、ほとんどがβ-ラクタム系抗菌薬の単剤治療が実施されていました。

尿路感染症で、腸球菌以外のGPCが血液培養で生えた場合 Aerococcus urinae_d0402367_13203715.jpg

Ref. 5

感受性に関してですが、基本的には多くのβ-ラクタム系抗菌薬とバンコマイシンには感性です。先のliterature reviewでも7VCMでの治療の症例も記載されております。また、ペニシリンよりもCTRXなどのセファロスポリンのMICが高いもの特徴の一つかと思います8-10

尿路感染症で、腸球菌以外のGPCが血液培養で生えた場合 Aerococcus urinae_d0402367_13203702.jpg

Ref.8

尿路感染症で、腸球菌以外のGPCが血液培養で生えた場合 Aerococcus urinae_d0402367_13203742.jpg

Ref 9

尿路感染症で、腸球菌以外のGPCが血液培養で生えた場合 Aerococcus urinae_d0402367_13203700.jpg

Ref. 10

キノロンの耐性は他のGPCと同様にDNAジェイレース・トポイソメラーゼIVというtargetpoint mutationに依存します11。一方でこの菌による尿路感染症をキノロンで治療した場合の失敗症例に関しては報告がないため、尿へのキノロンの濃度以降を考慮した場合にはbreakpoint設定は妥当なのかどうか?を提議している論文も認められました(あくまで尿路感染症に関してです)12。また、A. urinaeではありませんがA. viridansではvanA遺伝子を有するバンコマイシン耐性株もお隣の韓国から報告されており、注意が必要かと思います12。なお、CLSIではA. urinae, A. viridans, A. sanguinocolaに限って、break pointが設定されており、通常β-lactamVCM感性であることが言及されております13。また、footnoteにはA.sanguinocola, A. viridansは一般的にLVFX耐性であると記載されています。注意するべきはST合剤であり、CLSIでも2011年のHumphriesらの報告を引用しており14、チミジン含有の培地で感性を示すことがあるものの、尿の葉酸濃度に感受性が依存するため(食事内容で変動する)、ST合剤に関しての臨床的効果に関しての検討がない現状を考慮するとA. urinaeに関してはSTの感受性試験は実施するべきではないと記載されております13

本症例はUTIに起因して発熱→全身状態悪化→心不全増悪というのが最もらしい経過で、CTRXで治療経過良好です。なお、LVFXによる前投与が実施されていましたが、今回検出された菌はLVFX感性でしたので、そのまま良くなった可能性も否定はし得ませんが、今となってはわかりません。

教科書的にはAerococcusが出た場合、CTRXくらいでの治療が一番trendIErule outはしとこうぜ。ST合剤は効果が期待できるかどうか不明なのでUTIでは多くのシチュエーションで第一選択だけど使用を避ける、というのが今回のまとめでしょうか。なお、202427日のsakaiinfectionにも似たようなAerococcusの記載をしてますし、今回も亀田microbiology round2024.8.15Aerococcusの記載がありました15

1: 感染症診断に役立つグラム染色 第3版 p.85 Signe

2: Infection. 2002;30(5):310-3. PMID:12382093 IF: 5.4 Q1

3: Open Forum Infect Dis. 2019;6(10):ofz437. PMID: 31667201 IF: 3.8 Q2

4: J Community Hosp Intern Med Perspect. 2017;7(2):126-129. PMID: 28638578 IF: 0.9 Q3

5: Eur J Clin Microbiol Infect Dis. 2022;41(5):751-760. PMID: 35257275 IF: 3.7 Q2

6: シュロスバーグの臨床感染症学

7: BMC Infect Dis. 2018;18:522. PMID: 30333008 IF: 3.4 Q2

8: J Antimicrob Chemother.2001;48(5):653-8. PMID:11679554 IF: 3.9 Q1

9: Clin Microbiol Infect. 2016;22(1):22-27. PMID: 26454061 IF: 10.9 Q1

10. J Clin Microbiol. 2014;52(6):2177-80. PMID: 24671781 IF: 6.1 Q1

11. Antimicrob Agents Chemother. 2010;55(1):451-452. PMID: 21078934 IF: 4.1 Q1

12: Ann Lab Med. 2017;37(3):288-289. PMID:28224779 IF: 4.0 Q1

13: CLSI M45 ED3:2016

https://em100.edaptivedocs.net/GetDoc.aspx?doc=CLSI%20M45%20ED3:2016&sbssok=CLSI%20M45%20ED3:2016%20TABLE%202&format=HTML&hl=aerococcus

14: J Clin Microbiol. 2011;49(11):3934-3935. PMID: 21918023 IF: 6.1 Q1

15: https://www.kameda.com/pr/infectious_disease/post_354.html

Extra: 検査と技術 2019;47(1):43-49


# by sakai-infection | 2024-10-23 13:24 | Comments(0)